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【学校探訪vol.1】新渡戸文化小学校:「科学者の時間」や教科を超えた学びでしあわせを創る人へ

これからの未来を生きる子どもたちに、特色のある教育を実践している学校を紹介する「学校探訪」連載。第1回は、初代校長をつとめた新渡戸稲造の精神を受け継ぎながら新しい教育にチャレンジしている、東京・中野区の「新渡戸文化小学校」です。

一人ひとりが「しあわせを創る人」になる学校

2年生の教室で、子どもたちが手にしているのはレゴ®ブロック。教えているのは、レゴ®の認定ファシリテーターの資格を持った先生です。おもちゃとしておなじみのブロックですが、近年、子どものプログラミング思考を育む教材としても注目されています。

これは2年生が生活科の時間に、実際にまちを歩いてお店などの施設を見学する、『まち探検』という単元を行う前のグループワーク。

<レゴブロックの制作>

「同じパーツを同じ数だけ渡しても、できあがる作品は一人ひとり違います。グループになって見せあい、感想を伝えあって、それぞれにいいところがあるねと認めあう。『みんな違って、みんないい』ということを、子どもたちは言葉だけでなく、体験を通して学びます」と話すのは、新渡戸文化小学校で統括校長補佐をつとめる遠藤先生。

新渡戸文化学園は幼稚園から短大までの総合学園。2027年に迎える創立100周年を前に、これからの100年を見据えて、新しい教育へのチャレンジを始めたばかりです。

教育目標として掲げるのは、「HAPPINESS CREATOR(ハピネス クリエイター)」、子どもたち一人ひとりが、自分も他人もしあわせにできる力を持った人を目指すこと。

具体的に取り組んでいるのが、「教科を超えた学び(クロスカリキュラム)」です。子どもたちが実際に社会に出たときに取り組んでいく課題というのは、国語や算数といった教科で区切られているわけではありません。だからこそあえて、学びを教科で区切らないようにしているのだそうです。

チャレンジすることの楽しさを知る、プロジェクト型学習

また、新渡戸文化小学校では「プロジェクト型学習(チャレンジ・ベースド・ラーニング)」を積極的に行っています。探求型学習と呼ばれることもある、新しい学びのスタイル。

6年生が社会科の授業で制作したのは、歴史の紙芝居です。「1年生に分かりやすく歴史について教えよう」という目的で、グループごとに取り組んだもの。タブレットや本を使って調べたことをやさしい言葉でまとめ、イラストもタブレットのアプリを使って、子どもたち自身で用意しました。

<歴史の紙芝居>

「歴史の年号を覚えて、テストで確かめるという従来の教育とは違って、誰かのために学んだことをアウトプットするという点に、学ぶことの意味を持たせています。学習以外の目的を達成することで、子どもの記憶にも学んだことが深く残り、やる気を引き出すことができます」と遠藤先生。

好奇心からスタートすると、学びはどんどん深くなる

新渡戸文化小学校がチャレンジしている新しい教育は、学校外からも注目されています。3年生の理科で実践した「科学者の時間」という取り組みが、公益財団法人ソニー教育財団主催の「ソニー子ども科学教育プログラム」で見事入選。考案者の沼尻先生に内容を伺いました。

「大好きな鳥についてもっと知りたい」
「学校で見かけたヤモリについて調べてみたい」

「科学者の時間」は、子どもたちが自ら学習のテーマを見つけるところから始まります。4人のグループで1枚の模造紙を囲み、四隅にそれぞれが思いついたテーマを書いてスタート。調べて分かったことを、すごろくのように線でつなげながら書き出していきます。すごろくとすごいログ(記録)という言葉をかけて、「すごログ」と命名。

このまとめ方のすごいところは、分かったことを書き出していくうちに、友だちとつながることがある点です。たとえば虫について調べている子どもと、鳥について調べている子どもが、「虫を食べる鳥がいる」という共通点でつながって、新しい“知りたい!”が生まれ、学習へのモチベーションが上がっていくしくみ。

<すごログ>

「これまでの教育では、学ぶ内容は教科書で決められていて、今日はこれを勉強しましょう、と学校が決めるのが普通でした。でも、子どもたちが大人になって社会に出たときには、もっと自分から考えたり、調べたりしていく力が大切になると感じています」と沼尻先生。

子どもたちが自由にテーマを決めて、まとめていくのは時間がかかりそうだし、指導も大変なのではと思いますが、「自分から知りたいと思ったことを学んでいくときの、子どもたちの力はとても大きいです。好奇心からスタートすると、学びがどんどん進んでいきます」と沼尻先生。

とはいえ、子どもたちがテーマを見つける工夫や、調べ学習を進めるヒントなども、ちゃんと用意しているとのこと。

新渡戸文化小学校では、先生たちが「これ、おもしろそうだね」「今度やってみよう」と情報交換したり、協力しあったりしながら授業をアップデートしていきます。紹介した授業が、今後もずっと同じ内容で行われるとは限りません。

先生たち自身が好きなものごと、強みなども授業に活かしながら、ワクワクするような学びを推進しているのだそう。また、テーマによっては外部の専門家を招き、社会とつながる学習も積極的に行っています。

学びを通して社会とつながる、社会にはばたく

2020年に新渡戸文化学園内にオープンしたVIVISTOP(ヴィヴィストップ)は、3Dプリンタなど最新の機器を備えたものづくりの場。子どもたちにものづくりのアドバイスをしてくれるのは、プロのデザイナーです。

5年生が図工の授業で、オープンしたばかりのVIVISTOPで使う椅子の制作に取り組みました。「できたばかりのVIVISTOPに、どんな椅子があったらすてきかな」とグループごとにアイデアを出しあい、外部の専門家にアドバイスをもらいながら設計。さらに高知県とオンラインでつなぎ、林業のプロが木材を切り出すところを見せてもらうという、貴重な体験もしたそうです。

12脚の椅子を創る過程と共創プロジェクトは、第15回キッズデザイン賞最優秀賞である 内閣総理大臣賞を受賞しました。

<VIVISTOPの椅子>

子どもたちが社会とつながることには、どのような意味があるのでしょうか。

「学校外の視点を持っている人たちとつながることで、社会と近い形の学びが実現できます。いろいろな大人が自分の強みを活かして、好きなことに取り組んでいる姿を存分に見てほしい。

ひと昔前までは、子どもたちに将来の夢を聞くと、先生という答えがとても多かったです。うれしいことですが、子どもたちが知っている大人は学校の先生しかいないというのが、現実でした。そういった限界からも脱却できると考えています」と遠藤先生。

子どもの力をしっかり伸ばす、個別最適化学習

こうした新しい学習はとても魅力的ですが、基礎的な学力を身につける時間が減ってしまうことは、ないのでしょうか。

新渡戸文化小学校では、教科を超えた学び(クロスカリキュラム)と、プロジェクト型学習(チャレンジ・ベースド・ラーニング)に加え、確かな基礎学力(コア・ラーニング)を育む「3Cカリキュラム」を推進しています。

具体的には1人1台のiPadを使用して、学習アプリによる個別最適化学習を実施しているとのこと。教科書で単元ごとに設定されている授業時間は、あくまでも30~40人の子どもたちを一斉に指導する場合の目安です。個別最適化学習だと、苦手な単元をマンツーマンでフォローするなどして、効率のよい学習ができるのだそう。

読み書き算数のような学力とは違って、点数化できないけれども生きていくために大切な力のことを、非認知能力といいます。他者と共同する力、あきらめないでやり抜く力……社会に出てからは一般的な学力よりも必要になると、注目されている力です。

新渡戸文化小学校がチャレンジしているのは、まだ体系化されていないこの非認知能力を育む学びを、学校の授業という形にしていくことでもあります。

新しい教育方針を掲げてからまだ数年ですが、「小学校受験は考えていなかったけれど、新渡戸文化小学校で子どもを学ばせたい」という保護者の声をはじめ、共感が増えているとのこと。

「新渡戸だから受けられる特別な学び」ではなく、新渡戸文化小学校がモデルとなって、全国へと広がっていくことを目指して、チャレンジを続けていきます。

インタビュー・執筆:ライター/山見美穂子

取材協力
新渡戸文化学園

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